善法寺
善法寺は大分県臼杵市二王座に建つ真宗の寺院です。臼杵城下町の観光名所「二王座歴史の道」の中にあり、二王座地区の中でも際立って二重門が美しい寺院です。

真宗に伝わる「佐々木伝説」から佐々木氏にゆかりのある廓玄(かくげん)上人が鎌倉末期に臼杵末広の地に開基。九州最古の真宗寺院として栄え、江戸の寛永期に藩主の命によりここ二王座に移されます。

善法寺までのアクセスと基本情報
日豊本線上臼杵駅の改札を抜けて県道506号線を北東へ。大橋寺の向かいの小径を入り直進すると「二王座歴史の道」の田町口に出ます。
「旧真光寺」の前を通り、法音小路を挟んで向かい合った寺院です。遠くからでもわかる二重門が目印。徒歩約12分。
基本情報
住所 | 〒875-0043 大分県臼杵市大字二王座224 |
電話 | 0972-63-3161 |
拝観料 | 拝観自由 |
拝観時間 | 情報なし |
宗派/山号・寺号 | 真宗大谷派、山号は竹生山 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建 | 1334(建武元)年創建。1662(寛永元)年に現在の地に移転 |
開山 | 廓玄 |
善法寺の由緒
豊後国誌には「臼杵荘仁王座村に在り。釈廓玄なる者、近江の人なり。建武中、本州臼杵荘末広村に来り、寺を営みて善法と名づく。寛永中、十一世正益、今の地に移す。」と記されています。

開基廓玄は佐々木氏の流れを組み、松本正行寺(長野県)に学んだ後、諸国を巡り1334(建武元)年、臼杵末広の地に善法寺を創建します。
また初期の真宗における「佐々木伝説」は有名で、正行寺の開基了智は平安期の「宇治川の戦い」で活躍した武将であり、源頼朝に仕えた佐々木高綱であったといわれています。鎌倉幕府成立後に高綱は出家して親鸞上人の弟子となり諸国を巡業、正行寺を開創したと伝わります。
善法寺第11世正益の時、1624(寛永元)年に藩主の命により、末広の地から現在の二王座に移ります。

現在も末広には「善法寺」の名称は残されており、白川病院周辺の尾根にあったとされる寺院跡地には、善法寺歴代の墓がその尾根に並んでいます。
さらに善法寺の末寺は当時300余りあったとされ、肥後(熊本県)の順正寺、西光寺、筑後(福岡県)の真教寺などがその代表的寺院でしたが、本願寺の東西分裂によりその勢いは衰えてしまいます。
二王座に移された善法寺はその後、1866(慶応2)年2月7日に臼杵で発生した大火により本堂、山門、庫裏を焼失してしまいますが、1879(明治12)年に再建されています。
善法寺の見どころ
「二王座歴史の道」田町側から徒歩約5分ほどで、善法寺の山門が見えてくるでしょう。

4本の脚で支えられ、2階部分に鐘撞き堂が配される市内寺院の中でも特に際立つ重厚な二重門となっています。
また蟇股に施された唐獅子の彫刻は圧巻。古来より唐獅子は「魔除けの象徴」と言われますが、「あ」、「うん」の呼吸ともとれるこの構図は躍動感が伝わります。

二重門の鬼板には稲葉氏の家紋である「隅切折敷三文字」も刻まれています。

山門を入ると左手に本堂があります。正面に大きな4本の柱が支え、真宗寺院の特徴ともいえる外陣を広くとる建築様式が見てとれます。

深閑とした空気が流れる落ち着いた境内では、乱れた心も自然と整います。

本堂の虹梁部にも繊細な龍の彫刻が施され、きれいな木目とあいまって芸術的です。

木鼻には夢を食べるとされる仮想の動物、獏(ばく)の彫刻。簡素な本堂に風化した梁やくすんだ柱からは歴史の深さを推し量れます。

江戸幕府を開いた徳川家康は各諸藩に築かれた城下町の整備を行った際に、国内最多の檀家数を誇る浄土真宗の寺院を町の中心に配置し活性化を図ったとも言われています。
臼杵の二王座地区も、江戸の稲葉藩政時代に多くの寺院が集中して創建、移築され侍町と寺町の区分けが行われましたが、この地でも幕府の意図がしっかり反映されているのがわかります。
善法寺周辺に通された小径を歩いていると、お経を読む声や木魚を叩く音、梵鐘が響いており、なんだか心が落ち着きます。
この機会に忙しい日常を離れ、「二王座歴史の道」に集まる古寺巡礼の旅へ出かけてみてはいかがでしょう。
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