臼杵八坂神社うすきやさかじんじゃ

臼杵八坂神社は臼杵市臼杵に鎮座している由緒ある神社です。昔このあたりは衹園洲ぎおんのすと呼ばれていたために神社は「衹園宮」と呼ばれていました。

明治4(1871)年に「八坂神社」に改称されますが、今でも「衹園様」として地域に親しまれている神社です。

臼杵五社の1つでもあり、家内安全、安産祈願、商売繁盛のご利益があります。

八坂神社007

毎年7月には、大分の三大祇園祭のひとつである「臼杵祇園まつり」が開催され、多くの人でにぎわいます。

八坂神社007
最終更新日:2021年2月14日
臼杵八坂神社へのアクセスと基本情報
臼杵駅

日豊本線臼杵駅の改札を抜けて県道33号を南西へ進みます。途中県道217号との交差点を左折しそのまま、港町商店街を西に進んでいきます。臼杵城跡大手口公園の前を通ると石畳が続く道にでますので、NTT臼杵の局舎、稲葉家下屋敷、臼杵図書館を右手に進むと正面に大鳥居が見えてきます。徒歩で約15分ほど。

臼杵八坂神社大鳥居

臼杵城跡から臼杵八坂神社まで続く石畳の北側一帯は、昔衹園洲と呼ばれ海でしたが慶長2年(1597年)に臼杵城の三の丸として埋め立てられ作られた場所です。

基本情報は以下

住所 〒875-0041 大分県臼杵市大字臼杵1
電話 0972-62-3673
拝観料 拝観自由
拝観時間 特になし
主祭神 健速須佐之男命たけはやすさのおのみこと
奇稲田姫命くしいなだひめのみこと
大国主命おほくにぬしのみこと
相殿神 丹生嶋明神にゅうじまみょうじん
菅原神すがわらのかみ
事代主神ことしろぬしのかみ
境内には稲荷様、八幡様、蛭子様、愛宕様、金毘羅様、粟嶋様が祀られている
行事 臼杵祇園まつり(7月の第2日曜日から1週間)
公式サイト 臼杵八坂神社
臼杵八坂神社の沿革

祇園宮(臼杵八坂神社)は藤原道兼公が、天延元(972)年 祇園三所天王を奥州磐前郡おうしゅういわさきぐん 鶴ヶ峰に勧請したものでした。

その後、鶴峰大和、山城兄弟が源義家公の清原氏討伐である後三年の役(1083年~1087年)の混乱を避けて海路、安芸国尾道(現在の広島県尾道市)を経て、承徳元(1092)年に臼杵湾の洲崎岩ヶ鼻に流れ着いて、二王座原山の神の木原こうのきばるに鎮座したのが始まりとされています。

八坂神社案内板

戦国時代には、臼杵に本拠地を置いて豊後国を治めた大友宗麟公がキリスト教に帰依して領内の社寺焼討を行ったため、その難を避け御神体を田町の見星寺けんしょうじ裏の岩窟、海添の岩窟、津久見の八戸や、後には日向(現在の宮崎県)の飫肥おびにまで変座しています。

八坂神社額束

大友氏が文禄2年(1593年)に改易(大名の無力化)されると、慶長3年(1598年)、太田一吉おおたかずよしの時代に臼杵城三の丸にあった御神体を現在地に移します。

太田氏の後、臼杵城主となった稲葉氏の歴代藩主からも崇敬の念厚く、拝殿、本殿の造修、神幸祭の創始とそれに伴う御旅所の造営、神輿ほか各種御道具の寄進されています。

臼杵八坂神社

かつては祇園宮と呼ばれていましたが、明治4年(1871年)に、神仏分離令や廃仏毀釈運動によって、八坂神社に改称されました。

臼杵八坂神社の見どころ

1つ目の鳥居をくぐり石畳をそのまま進むと、2つ目の明神鳥居が見えてきます。向かって右側の柱には「元治元甲子」と彫られており、左側には「六月吉日西丸」と彫られています。甲子は干支の一つですが西暦を60で割って4余る年されており、元治元(1864)年に建てられた鳥居でしょうか。

八坂神社明神鳥居

鳥居の脇には4体の狛犬が神社をお守りしています。実は神社の人気者である狛犬も阿吽の形になっていることをご存知でしょうか?狛犬は祭神を守護するという大事な役目を果たしており犬のほかには狐や猪である場合もあります。

下の写真は向かって右奥の狛犬(阿形)で口を開けて天を仰いでいらっしゃいます。

八坂神社鳥居脇狛犬右

変わって左側の口が閉じている狛犬(吽形)です。じっとこちらを見ておりますが、決して参拝者を威嚇しているわけではなく、神社を守護しているのです。しかしたとえ嵐の日であってもそこにちゃんと座って神社を守るそのお姿には畏敬の念を抱かざるを得ません。

八坂神社鳥居脇狛犬左

鳥居をくぐると右手奥に拝殿が鎮座しています。赤褐色の拝殿は神聖ながらも開放的なお社です。

八坂神社拝殿正面

拝殿の上にはシックで木目が生かされた社名が刻まれている扁額が飾られています。

八坂神社拝殿扁額

拝殿脇にも狛犬が鎮座していました。また鳥居脇の狛犬とはデザインが異なるようで、このような違いを見るのも神社参拝の楽しみでもあります。

八坂神社拝殿脇の狛犬右

「犬」というよりは獅子ですかね。中国の影響を受けて日本に伝わったころは「獅子・狛犬」で1対だったようですが、以後日本独自の守り神として現在は両方とも狛犬として定着しています。

八坂神社拝殿脇の狛犬左

臼杵藩主稲葉氏からも藩の守り神として信仰の対象であるためでしょうか、拝殿の瓦には家紋である「隅切折敷三文字」がやはり刻まれています。

八坂神社拝殿家紋

拝殿奥に鎮座しているのは大分県で有形文化財に指定されている本殿です。本殿は安永5(1776)年に建立された三間社流造の建築様式となっています。柱の変色具合で250年近い歴史を感じる本殿です。

八坂神社本殿

本殿に向かって右背面(境内を一度出て道路脇から撮影)には脇社が設けられている珍しい造りです。

八坂神社本殿脇社

本殿の木鼻から頭貫に至るまで彫られた彫刻の緻密さに目を奪われます。

八坂神社本殿彫刻

臼杵八坂神社境内には、いくつか摂社や末社が建てられていますので、それぞれご紹介します。

本殿の右に鎮座する摂社(御祭神:八幡社・愛宕社)は天和三年(1683)稲葉家5代藩主 稲葉景通(いなばかげみち)により造営されたものです。

八坂神社摂社

鳥居から正面に鎮座しているのは粟島社あわしましゃです。愛宕社合祀の際、招魂社が、昭和三十五年稲葉神社と合併合祀されたため不要となった社殿を八坂神社が譲り受けたものです。

八坂神社粟島社

粟島社の隣に鎮座する本護稲荷社ほんごいなりしゃは大友氏の時代に、浄土宗法岸寺ほうがんじ内に祀られたが、寛永四年(1627)廃寺の後、神ノ木原こうのきばる、本町入口、稲葉神社境内、明治三十四年八坂神社境内と転々と変座し今に至ります。

八坂神社本護稲荷社

境内の奥にひっそりとたたずむ御神木。派手さはありませんが、しっかりとそこに根を張ったそのお姿には人知れず存在感があります。

八坂神社ご神木

学問の神様と言われる菅原神(菅原道真公)も祀られているためでしょうか、境内には牛神様の存在も。天満宮、天神社には必ずお祀りされている牛神様ですが、菅原道真公が死去した際、搬送途中で牛車が動かなくなったのでその場所に埋葬した説や丑年に生誕した説などを含め、道真公と牛の関係は諸説あると言われています。

八坂神社牛神様

臼杵八坂神社では様々なお守りを授かることができます。鳥居を入ったすぐ脇の社務所にて肌守り、健康成就、合格祈願、安産祈願などのお守りの他、絵馬、お札も授与いただけます。

八坂神社お守り

今回臼杵八坂神社をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。臼杵観光の名所としても多くの観光客が参拝に訪れています。臼杵城跡(臼杵公園)、八町王子商店街、二王座歴史の道を回った際は是非とも立ち寄って参拝してみてはいかがでしょうか。

臼杵八坂神社の御朱印

御朱印は社務所で初穂料300円で頂くことができます。御朱印に記されている「臼杵藩総鎮守」の総鎮守とは"その土地を守護するために祀られた神"との意味があり、古くから臼杵市民にとって臼杵八坂神社の存在は町の守り神として心の拠り所だったことでしょう。

八坂神社御朱印
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