夕方に歩く臼杵の街 トップ画像

あえて日中を外して陽が西に傾きかけた夕方を狙って歩いてみても、また違った景観を楽しめるのが臼杵の街の魅力です。

特に日中40度近くまで達する夏でも夕方になると気温が落ち、心地よい風が吹き始めたら絶好の散歩タイムとなります。

臼杵城址 臼杵護国神社

臼杵城址 鉄門櫓跡

人間の体内時計も夕方がもっとも体温が上がり、運動に適した時間帯だとも言われています。

ただし、臼杵市内は17時になると多くの寺院や観光施設が閉まって入れませんので、いつでも参拝できる神社や夕方の景観が美しい自然や史跡などを中心にコースをご紹介します。

距離 約3.0km
所用時間 約1~1.5時間
(※観光時間込み)
おススメ時期 通年、晴れた日の夕方
マップとルート概要

スタートはJR日豊本線の上臼杵駅から、ゴールは臼杵駅になっています。
青の☆マークがスタート、紫の☆マークがゴールです。

 
上臼杵駅からスタート!

大正時代に開通し2015年(平成27年)3月から無人駅となるも、風情ある駅舎として現在もその姿をとどめる「上臼杵駅」。

上臼杵駅

1.6km東に位置する「臼杵駅」は1915(大正4)年に政友会で日銀第5代総裁の山本達夫が誘致したのに対し、「上臼杵駅」は1917(大正6)年憲政会で逓信大臣に就任した箕浦勝人みのうら かつんどが誘致したこともあり、両駅は「政治駅」などとも呼ばれています。

また「臼杵駅」と「上臼杵駅」の区間は当時、国鉄(現JR)で一駅間が最も短いとされています。

さて、「上臼杵駅」から県道を5分ほど北上して「福良天満宮」を目指します。
※青の鳥居マークが福良天満宮

上臼杵駅前からのびる県道をまっすぐ進みます。

県道506号線
   
夕方の福良天満宮から望む町並み

学問の神様といえば菅原道真公ですが、同じ九州の福岡県には天神社の総元締、「大宰府天満宮」があります。

ここ臼杵にも菅原道真公を主祭神とした神社があります。県内でも有数の合格祈願のご利益に預かることのできる「福良天満宮」です。

 
福良天満宮 拝殿

福良天満宮 拝殿

 

表参道に築かれた高さのある石垣は、特定の石に重さが集中しないように積み上げた「乱積み」と呼ばれる技術によって実現されています。

福良天満宮 石垣

福良天満宮 石垣

夕方の暖かい陽ざしに包まれた境内の休憩スペースで、灯籠の長い影を見ながらボーとするのも、心癒される時間です。

福良天満宮 休憩スペース

福良天満宮 休憩スペース

境内にひっそりと佇む巨樹は、幹回り365mの御神木(クスノキ)です。

休憩スペースで見つけた御神木

休憩スペースに佇む御神木

高台から外に目を向けると、正面には臼杵川が流れ龍原寺三重塔や大橋寺の伽藍、中須賀の三角州には鮮やかな朱色の欄干をもつ松島橋が郷愁を誘います。

福良天満宮から望む市街地

夕方の福良天満宮から望む市街地

さて、「福良天満宮」から県道を北へ進み臼杵川を渡って対岸の川沿いを散歩。「松島神社」へ向かいます。

 
名勝臼杵七島をめぐる
 

「福良天満宮」から目の前を走る県道33号線をさらに北上し、臼杵川にかかる橋「万里橋まんりばし」を渡ります。

万里橋

平清水から市浜に掛かる万里橋

古くは「市橋」と呼ばれ江戸期の1645(政保2)年頃に平清水(ひらそうず)から市浜にかけられた臼杵最長の橋だったようです。現在の落ち着いた佇まいからは想像もつきませんが、1877(明治10)年の西南戦争では橋を挟んで薩軍と熾烈な銃撃戦が行われた場所としても知られています。

万里橋から平清水方面を見た景観。夕暮れ時の臼杵の山々はより哀愁が漂います。

万里橋から望む平清水方面

万里橋から平清水方面を望む

万里橋を渡って道づたいに右折すると、臼杵川中須賀の三角州には臼杵七島の1つかつての「松島」です。市浜側かかる松島橋と畳屋町からかかる住吉橋の美しい欄干が夕方の臼杵川に映えます。

市浜側から望む松島

市浜側から望む松島

また対岸に目を向ければ往時の名残りを見せる臼杵七島の1つ「森島」を見ることができます。特に夕方は臼杵川の水面に映りこむ大橋寺の伽藍にも魅了されます。

かつての森島と大橋寺

かつての森島と大橋寺

運が良ければこんな夕焼けに遭遇することも・・・

夕焼けが映える臼杵川

夕焼けが映える臼杵川

松島橋を渡れば、三角州には「松島神社」の境内へと誘う石灯篭と鳥居が建てられています。

松島神社の境内

松島神社の境内

「松島神社」が鎮座する松島は稲葉藩政時代、海陸交易の要衝として人、物の往来が盛んな地域でした。

市浜側から対岸のかつての森島、大橋寺を望む

市内唯一の一間社春日造りの本殿には最後の臼杵藩主、15代稲葉久通公の筆による扁額が今でも掛けられています。また境内には歴代藩主から寄進された石燈籠などから、松島神社が古くから厚く崇敬されていたことが伺えます。

さて、「松島神社」参拝後は、「龍原寺三重塔」を回り「二王座歴史の道」へ向かっていきます。

   
夕陽に映える龍原寺三重塔
   

夕陽に包まれる三重塔もいつもとは違った趣があり、カメラに収めたくなります。

龍原寺三重塔

龍原寺三重塔

まだ参拝が可能な時間帯であれば、境内奥の高台から本堂と三重塔、その先に大橋寺の伽藍も一緒に望むことができます。

境内奥の高台から本堂と三重塔

龍原寺の木像三重塔は全国各地の多重塔の建築技術を学び1848(嘉永元)年から約10年かけて築いた、臼杵の名工高橋団内らの集大成。別名「太子堂」とも呼ばれ、聖徳太子のお像が安置されています。

 
心落ち着く日没前の二王座歴史の道

夕方の「二王座歴史の道」はひと際荘厳な空気と静けさに包まれ、寺院を開基した高僧の魂が今も息づくいにしえの空間となっています。

二王座歴史の道甚吉坂

二王座歴史の道

お休み処「旧真光寺」の目の前には、西南戦争(西南の役)で勇猛果敢に薩軍と剣を交えた臼杵随一の剣豪片桐八三郎かたぎりはっさぶろうの屋敷跡が残されています。

旧真光寺前

旧片桐邸跡
※外観のみ公開

片桐八三郎の三男は後に三和銀行の頭取になった中根貞彦(なかねさだひこ)として知られています。

「二王座歴史の道」の中でもひと際異彩を放つ、美しい鐘楼門が建つ寺院は善法寺(ぜんぼうじ)です。

善法寺前

善法寺前

九州最古の真宗寺院として知られ、源氏にゆかりのある廓玄上人が建武元(1334)年に臼杵の末広の地に開基したことから始まります。

辻口まで進むと、稲葉藩政時代にこの地に住んでいた上級武士、後藤家の長屋門が残されています。長い年月をかけて風化した柱やくすんだ梁には悠久の時を感じます。

後藤家の長屋門

「二王座歴史の道」からは臼杵城址、ゴールのJR日豊本線臼杵駅へ。

 
臼杵城址から臼杵駅まで

井楼櫓跡せいろうやぐらあと」から望む市街地は日中よりも黄昏時がおススメです。

井楼櫓跡から見る市街地

稲葉藩政時代の藩主や役人はこの櫓跡から臼杵市街地で行われる「祇園まつり」の様子楽しんでいたといわれています。

城の西側に位置する「臼杵護国神社」では西南の役で戦死した臼杵隊43名をはじめ太平洋戦争での戦没者も祀られています。

井楼櫓跡から見る市街地

「空濠」では紅葉シーズンにイチョウの葉が落ち始めると、ちょうど苔むした石垣との味わい深い空間を楽しめます。

井楼櫓跡から見る市街地

臼杵城跡東端に位置する「卯寅口(うとのぐち)」は、かつて大友宗麟の時代海に面した非常用の出口とされ、緊急時はここから船を出して海へ脱出していたようです。

井楼櫓跡から見る市街地

現在は埋め立てられていますが、「船着場」と明記された辺りは当時はまだ海でした。かつての丹生島の様子をイメージしながら回ると、また違った魅力を体感できます。

最後は「卯寅口」から出て右折。徒歩5分ほどでJR日豊本線臼杵駅に到着します。

井楼櫓跡から見る市街地

如何でしたでしょうか。夕方の時間帯に風情ある神社仏閣や武家屋敷をたどりつつ臼杵市街地を散歩するのは、また一味違った面白さがあると思います。

豊後水道に面した臼杵市の東側は、特に神奈川県の鎌倉に似た要害の地ともいわれます。源頼朝が鎌倉の地に幕府を開いたように、大友宗麟もここ臼杵に丹生島城(臼杵城)を築いて活動の拠点としました。

そんな臼杵が歩んだ歴史に触れつつ、その魅力を少しでも体感できれば、また訪れてみたくなるのではないでしょうか。

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