臼杵地方の郷土料理 黄飯と黄飯汁(かやく)

臼杵といえば、国宝臼杵石仏や大友宗麟が築いた臼杵城(丹生島城)とその城下町の町並みが有名ですが、一方で豊後水道に面した臼杵湾でとれる魚などはすばらしい海の恩恵を受け食の宝庫としても全国的に知られいます。

今回”うすきめぐり”では同じ「食」というテーマではありますが、少し視点を変えて臼杵地方で江戸時代に広まったとされる伝統的な郷土料理「黄飯おうはんと黄飯汁(かやく)」について取り上げてみたいと思います。

昨今インターネットが普及したおかげで、ほとんどのものは現地へ行かなくても手に入るようになりましたが、その土地で生まれ現在でも受け継がれている伝統的な郷土料理の多くは、その場所でしか味わえないものがほとんどなのではないでしょうか。

最終更新日:2021年8月11日
個人的な初見

黄飯は全県で実施したアンケートでもそれほど知名度が高くないという調査結果があります。名前は知ってはいても食べたことはない、ましては一般の家庭で食卓に黄飯が並ぶようなことはほとんどないようです。

臼杵では地元の学校給食のメニューでたまに出されているようで、地元の学生は知っている人もいるようですが、食べる頻度も以前よりはだいぶ減ってきているのではないでしょうか。

黄色いご飯ということで、インドカレーが好きな方はサフランライスと同じなのでは?と勘違いされそうですが、原材料が違います。サフランライスはサフランと呼ばれるアヤメ科の多年草やめしべを乾燥させた香辛料を使いますが、黄飯はクチナシの実を砕いた汁で米に着色させます。

余談ですが、「おうはん」はパソコンで入力して変換してもうまく「黄飯」となりません。「きいろめし」と入力して変換したあとで「色」だけを削除して対応しています。。

話がそれましたが、上の写真を見て頂くとわかる通り、かやくの色合いと対比して、黄飯の黄色が非常に際立ち食欲が掻き立てられるのは間違いありません。

黄飯と黄飯汁(かやく)はどんな食べ物?

前述の通り、黄飯はクチナシの実で着色した黄色いご飯です。米5合に対してクチナシの実は10個ほどを目安とし、個体により色の出が違ってきますので、好みで調整する感じになります。クチナシの実の外皮を除いて中身を砕き昼夜水につけて色を出していきます。その後ガーゼなどでこして黄色の汁で炊飯します。

黄飯汁(かやく)は人参、ごぼう、大根、シイタケを拍子切りにして、エソのミンチと豆腐と一緒に 炒めたものを水で浸し、うすくち醤油、酒、少量の砂糖でやわらかく煮たものです。

黄飯の歴史

黄飯の起源については諸説あるようで、中国から伝わってきたという説が有力なようです。

  • 古来、中国の祝い事では生贄の牛の血を米と一緒に炊飯していたものが、後に血ではなくにクチナシを用いて着色し黄飯となったとの説
  • 多くの野菜を煮たものをご飯にかけた精進料理を「法飯ほうはん」と言い、法飯が変化して黄飯になったという説
  • 大友宗麟がフランシスコザビエルと交流があったことで、スペイン料理のパエリアが関係しているのではないかという説

また江戸時代には臼杵藩主稲葉氏の統治下だった天保年間(1830~1844年)に財政の困窮により祝い事の際に出される赤飯の代わりに黄飯が出され、倹約料理として広まったとされています。

1833(天保4)年に農学者大蔵永常の書「徳用食鏡」では「豊後の黄飯」が記されており、すでに江戸時代には豊後地方で食べられていたことがわかっています。

さらに臼杵市出身の作家、野上弥生子も黄飯について

多分長崎あたりに、昔の支那から伝えられた食べ物の名残りであるらしい
と述べており、著書の中にもたびたび黄飯が登場し実際にご自宅でもよく作っていたとか。

どこで食べるこができるの?

大分県の臼杵に立ち寄った際は、是非とも味わっていただきたい黄飯ですが、臼杵市内でも食べられるお店が少なくなってきています。

運営者が本記事を執筆した時点では以下のお店で頂くことができました。他にも確認できれば随時更新していく予定です。

  • 店名:小手川商店
  • 住所:〒875-0041 大分県臼杵市臼杵
  • 電話:0972-62-3333

小手川商店は文久元(1861)年に小手川金次郎が味噌、醤油製造・販売する会社として創業し、160年以上の歴史がある老舗です。前述した、野上弥生子生家でもあり、目の前は記念館が建てられています。

参考資料
Webサイト 書籍