何が違うの?浄土宗と浄土真宗

何が違うの?浄土宗と浄土真宗

観光先でお寺へ参拝する際、よく見聞きする宗派としては浄土宗浄土真宗ではないでしょうか。実際に寺院に訪れて参拝するだけでは、この2つの宗派の共通点や違いについて深く知ることはできません。

浄土宗と浄土真宗、どちらとも鎌倉時代に広まった宗派で師弟関係だった2人の宗祖が興しています。しかし名前もなんとなく似ているし、何が違うのでしょうか。

今回”うすきめぐり”ではこの日本を代表する2つの宗派である浄土宗と浄土真宗の違いについて解説していきます。2つの宗派について少しでも知ることができれば、参拝で訪れたお寺の歴史も合わせて楽しむことができるでしょう。

最終更新日:2021年1月25日
平安時代末期の仏教
平安時代末期の仏教

平安時代の仏教といえば、最澄が興した天台宗と空海が興した真言宗を中心に全国に広がりこの2つの宗派は平安二宗と呼ばれています。

桓武天皇は奈良仏教に対する新しい仏教としてこの平安二宗を手厚く保護しました。その後平安時代末期になると、天皇や貴族が立派な建物と仏像を立てて祀り、自分たちだけの救済を願うためのものになっていきました。

奥州藤原氏の栄華の象徴、平等院鳳凰堂に見られる建物が代表であり、一般庶民がとても真似できるようなものではありませんでした。

浄土宗とは
龍源寺

浄土宗の宗祖である法然ほうねんは、父親の遺言を守って13歳で出家して比叡山に入ります。しかし、この時代の僧は武装して権力闘争に明け暮れ、乱れに乱れていました。

これに異を唱えた法然は比叡山を離れ、京都の東山吉水ひがしやまよしみず(大谷)に庵を結びます。ここで唐の善導大師の著書「観経疏かんぎょうしょ」に出会い、他の一切の修行を捨て、念仏だけ唱えていれば心の平安が保たれ、強い心を得られることに気付きます。

仏教の教えは基本的に人々が幸せになるための教えであるとし法然は一般民衆へ広めます。お釈迦様のなかでも阿弥陀仏の救いを説く「浄土教」の教えを重視し”南無阿弥陀仏なむあみだぶつ”と念仏を唱えるだけ(専修念仏)で、人々は救われると説いたのが浄土宗です。「浄土」とは、一切の汚れや煩悩を離れた清浄な仏や菩薩がいる場所の事を意味しています。

その後は比叡山や旧奈良仏教などの反発を受け専修念仏停止令せんしゅうねんぶつちょうじれいにより法然は讃岐(香川県)に流罪になります。4年後に京都に戻ることはできますが、病により80年の生涯を閉じます。以後も法然の思想は弟子たちにより引き継がれ、今日に至ります。

臼杵市内の浄土宗の寺院はこちら

・浄土宗鎮西派

龍原寺

・浄土宗西山禅林寺派

大橋寺
浄土真宗とは
善正寺

宗祖である親鸞しんらんは九歳で天台宗青蓮院しょうれんいんにて出家します。その後比叡山にのぼり20年間修行に没頭しますが、どんなに修行を積んでも煩悩が消えることはなく、自分は救われるのだろうかと思い悩みます。そして比叡山を出て京都の六角堂に100日間の参籠をした後、法然の門をたたきます。

法然は念仏をひたすら唱えることで誰もが極楽浄土へ往生できる専修念仏を説き、人々の心をとらえていました。法然の教えに親鸞は感銘を受け、師弟関係として以後親鸞は6年間法然の元で学びます。

法然の教えが世の中に広まるにつれ、比叡山や奈良などで栄えた旧仏教側からの圧力がかかり、法然は四国に親鸞は越後(新潟県)に流罪となり以後法然と親鸞は今生の別れとなってしまいます。

親鸞はその後、関東を中心に20年間をかけて専修念仏の教えを根付かせていきます。この時に書いたのが「教行信証きょうぎょうしんしょう」で、自分は僧でもなく俗人でもないとする「非僧非俗ひそうひぞく」を宣言しています。親鸞自身が結婚して、子供をもうけ家庭を築いたことはこの考え方がもとになったからだとされています。

親鸞の元に集まった弟子達が日本全国で教えを広めた結果、信者は一万人を超えるまでになります。生涯に渡って非僧非俗をつらぬき、一つの寺も建てなかったのは有名で浄土真宗が教団化したのは親鸞が亡くなった後のことです。

臼杵市内の浄土真宗の寺院はこちら

・浄土真宗本願寺派

光蓮寺 善正寺

・真宗大谷派

善法寺 善徳寺
浄土宗と浄土真宗の共通点

浄土宗も浄土真宗も難しい仏教の知識や厳しい修行は一切不要とし、ただひたすら念仏(「南無阿弥陀仏」)を唱えれば誰もが極楽浄土に往生できるというシンプルな教えです。念仏を唱えるだけでよいと説く宗派を浄土系と言います。浄土宗、浄土真宗のほかに時宗や融通念仏宗などがあります。

「南無」とは心から信じて、よりどころ(帰依)とするという意味で、「阿弥陀」は量りしれない光を持つものという意味になり「私は阿弥陀仏に、心から帰依します。」という事になります。

本尊は阿弥陀仏(阿弥陀如来)で「無量寿経むりょうじゅきょう」「観無量寿経かんむりょうじゅきょう」「阿弥陀経あみだきょう」の3経典を浄土三部経をよりどころとしています。

浄土宗と浄土真宗の違い

親鸞は浄土宗を開いた法然の弟子で念仏のみを唱えるだけのシンプルな「専修念仏」を学んだことから、両者の根本的な考え方は同じです。浄土真宗の親鸞は法然の死後も専修念仏の考え方をさらに推し進め発展させたと考えるのが一般的とされています。

・浄土真宗の「他力本願(本願他力)」の考え方

他力本願たりきほんがんは親鸞が一番大切にしている考え方です。浄土真宗の「他力」とは仏さまの力ことで、阿弥陀仏の救いにゆだねることを意味しています。「本願」とは世の中で悩み、苦しんでいる人々を助けたいとする願いのことです。

・念仏について

浄土宗(鎮西派)では念仏を10回唱える「十念」という作法があり、多くの念仏を唱えることで阿弥陀如来に救われると説いていますが、一方浄土真宗では数ではなく、阿弥陀如来は一声、一声の念仏となって私たちを救うと説いています。

・浄土真宗では「般若心経」を読まない

浄土宗では「般若心経はんにゃしんぎょう」を唱えたり写経したりしますが、浄土真宗では行いません。般若心経は自力で煩悩や執着心を捨て、悟りの境地に至る方法を説いていますが、浄土真宗では、親鸞自身がそうであるようにいくら修行を積んでも煩悩を断ち切る事はできないのであるから、阿弥陀仏の救いの力(他力)に頼るしかないと教えているからです。

・浄土真宗のお寺は「御朱印」がない?

参拝の証として頂くありがたい御朱印ですが、中でも浄土真宗本願寺派や真宗大谷派の多くの寺院では基本的に押印していません。本来御朱印は経典を写経したものを寺院に納める納経の代わりに受け取る証書として発行され、特に江戸時代あたりから頻繁に行われるようになったといわれています。

納経は追善供養(生きている人が亡くなった人の冥福を祈り供養すること)のために行われますが、自分自身で功徳を積んでも他者を救うことはできない、他力(阿弥陀如来に救いの手)に頼るしかないとの考えから追善供養の必要がないよって、御朱印は必要ないとなるからです。

浄土宗と浄土真宗のまとめ

今回は何が違うの?浄土宗と浄土真宗について解説していきましたが、いかがでしたでしょうか。

要点をまとめてみました。

  • 平安時代末期の仏教宗派は、天皇や皇族たちが自分たちの救済を願うためのものになっていた
  • 法然は堕落した仏教のあり方に異を唱え比叡山を離れて隠遁生活に入ります。そこで読んだ観経疏のなかで念仏だけ唱えるだけでよいとする専修念仏に出会い、浄土宗を興します
  • 親鸞は20年比叡山での修行後、煩悩が消えない事に悩み法然の弟子となります。旧仏教宗派の追放により流罪となり、非僧非俗を胸に関東を中心に20年間、専修念仏を広めていきます。
  • 浄土宗と浄土真宗はただひたすら念仏(「南無阿弥陀仏」)を唱えれば誰もが極楽浄土に往生できるというシンプルな教えは共通しているものの、浄土真宗は他力本願を中心に般若信教を読まないなどの違いがあります。

臼杵市内にも浄土宗、浄土真宗の寺院が多く鎮座しておりシーズンは観光に訪れた観光客でひしめき合います。それぞれの宗派についてちょっとでも知っていることが増えれば参拝も楽しく行うことができると思います。