何故臼杵は醤油醸造が盛んなのか?

醤油の歴史

大分県の中でも臼杵は醤油醸造しょうゆじょうぞうがとても盛んな地域です。江戸から明治にかけて創業した醤油・味噌等の老舗メーカーの蔵や工場が点在しています。

今回"うすきめぐり"では、醤油の起源から醤油の種類、醤油醸造方法などと共に何故臼杵は醤油醸造が盛んになったのかを解説していきます。

最終更新日:2021年1月14日
醤油の歴史

醤油がいつ頃から使われ始めたのかは、はっきりとは分かっていませんが諸説あるようです。

  • 飛鳥時代に中国から醤油の前身である「醤(ひしお)」が朝鮮半島を経由して伝わった説
  • 弥生時代の日本人が穀物を塩を保存する目的でかめの中に貯蔵したものがはじまった説
  • 鎌倉時代に覚心かくしんという僧が中国から持ち帰った説

いずれにせよ我々の先祖が、昔から発酵という方法で食品を製造していたという事には驚かされます。

日本で「しょうゆ」という言葉が最初に出てきたのは室町時代と言われおり、日常用語辞典の『節用集』に「醤油(しょうゆ)」という言葉が初めて登場します。

江戸時代になると本格的に醤油が生産されるようになり、明治時代には西洋の調味料も加わります。大正時代には大量生産にて醤油の消費量が急に増えるようになり、醤油は日本人の食卓に欠かせない調味料となります。

醤油の原材料、種類、用途
醤油の歴史

大豆、小麦、食塩が主な原材料です。その他に米、アミノ酸、砂糖類、アルコール、醸造酢なども使用するこがあります。

また醤油に使用できるのは植物性の原材料のみと日本農林規格(JAS規格)で定められています。よって動物性のものは使えません。

醤油の種類はJAS規格では「こいくち(濃口)」、「うすくち(淡口)」、「たまり(溜り)」、「再仕込み」、「しろ(白)」の5種類に分けられています。それぞれ原材料の比率や用途が違います。

醤油の種類と用途

種類原料主な用途
こいくち(濃口)大豆と小麦が1:1調理、食卓用
うすくち(淡口)大豆と小麦が1:1
濃口より濃度の高い食塩水を使用
調理(煮物)
たまりしょうゆ(溜り)大豆ほとんど、小麦少量調理(照り焼き、佃煮など)
さいしこみしょうゆ(再仕込)大豆と小麦が1:1
麹を食塩水ではなくに生上げしょうゆで仕込む
食卓用
しろしょうゆ(白)大豆少量、小麦ほとんど調理(吸い物、茶碗蒸しなど)
醤油の作り方

醤油の作り方は大きく分けて「本醸造」、「混合醸造」、「混合」と3つの方法があります。

本醸造ほんじょうぞう

蒸した大豆と炒った小麦を同量混ぜ合わせたものに種麹を加えて醤油麹をつくります。そこに食塩水を加えた諸味をタンクに仕込みます。仕込んだ諸味をかき混ぜながら、約6ヶ月ほど発酵、熟成をさせてしぼります(生揚げしょうゆ)。しぼった諸味は最後に火を入れて殺菌し色、香、味を整えます。

混合醸造こんごうじょうぞう

本醸造でできた諸味にアミノ酸液を加えてかき混ぜながら発酵、熟成を1カ月以上行い諸味をしぼります。しぼった諸味は最後に火を入れて殺菌し色、香、味を整えます。

混合こんごう

本醸造でできた諸味をしぼった生揚げしょうゆにアミノ酸液を加えて混ぜ合わせ、最後に火を入れて殺菌し色、香、味を整えます

・見分け方

製品の原材料のラベルに記載されています。

作り方
なぜ九州の醤油は甘いのか?

旅行などで九州を訪れたとき、食事の際出された醤油が甘いと感じたことはありませんか。この甘い醤油にはちゃんとした理由があるようです。

日本の中でも九州は年間を通して気温が高いこともあり、人の生理的欲求や、江戸時代の海外(オランダ)との貿易の影響で、甘味の嗜好がつくられその影響で醤油も甘くなったと考えられています。

また全国の砂糖の消費量も西高東低といわれ、九州は特に高めとなっています。九州醤油メーカーの原材料を確認すると、砂糖やステビアなどが他の地域の醤油より多く入っていることが分かります。

臼杵の醤油醸造が発展した理由
臼杵で販売されている醤油

臼杵にはもともと豊後水道に面した小都市だったため、水源がなくわずかな湧水や井戸を彫って生活用水としていました。この水が醸造に適していたことと、臼杵が大豆、小麦を生産するのに良い立地であったことが上げられます。

発展し始める時期は幕末から明治にかけて、明治政府が出した廃藩置県により経済的にも産業の障壁がなったとされています。また臼杵は港にも恵まれ船舶輸送の便もよく販路拡大が容易だったためと言われています。

臼杵の三大醤油メーカー
可兒醤油かにしょうゆ

慶長5(1600)年に稲葉家の家臣であった可兒家は美濃(岐阜県)から現在の臼杵の地に移り住み、醤油醸造に着手します。屋号は「鑰屋」。大分県最古の味噌醤油のメーカーです。

醤油の歴史
・フンドーキン醤油

文久元(1861)年に小手川金次郎が味噌、醤油製造・販売する会社として創業。 1939年(昭和14年)5月に商標登録をフンドーキン醤油と改名します。味噌を計る分銅と創業者の名前の金に由来します。醤油、味噌、ドレッシングなどの生産量は九州で最大となっています。

醤油の歴史
富士甚醤油ふじじんしょうゆ

明治16(1883)年に渡邉甚七が味噌・醤油の醸造販売を始めます。「安心を、いただきます」をスローガンに焼肉のたれ、めんつゆ、ドレッシングなどを山口県、愛媛県、九州全域で主に販売しています。

醤油の歴史

現在臼杵の醤油は、市内の各スーパーやお土産売り場などで、手に入れることができますが、特に市内中央にある、中央通商店街(通称:八町王路)や町八町に全てのアンテナショップがあります。

まとめ

今回”うすきめぐり”では何故臼杵は醤油醸造が盛んなのか?についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

要点をまとめてみました。

  • 大分県の中でも臼杵は醤油醸造がとても盛んな地域
  • 醤油がいつ頃から使われ始めたのかは、はっきりとは分かっていない
  • 「しょうゆ」という言葉時代は室町時代の文献にできてきたことが始まりとされている
  • しょうゆ作りは大豆、小麦、食塩が主な原料である
  • 日本農林規格(JAS規格)では醤油には植物性の原材料しか使用できない
  • 醤油の種類は「こいくち(濃口)」、「うすくち(淡口)」、「たまり(溜り)」、「再仕込み」、「しろ(白)」の5種類がある
  • 醤油の作り方は大きく分けて「本醸造」、「混合醸造」、「混合」と3つの方法がある
  • 九州の醤油が甘いのは、オランダとの貿易で甘味の嗜好がつくられその影響と考えられている
  • 臼杵が醤油醸造が盛んなのは水が醸造に適していたことと、臼杵が大豆、小麦を生産するのに良い立地だったことがあげられる
  • 臼杵市内には江戸時代から続く可兒醤油、フンドーキン醤油、富士甚醤油など老舗メーカーが集まっており県内一の醤油の産地である。

臼杵を訪れた際は、市内の城下町、武家屋敷などの史跡と共に是非臼杵の各醤油メーカーの味を堪能してみてください。